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前橋地方裁判所 昭和45年(ワ)167号 判決

本訴原告(反訴被告) 黒沢武

本訴被告(反訴原告) 奈良福治

右訴訟代理人弁護士 池田正映

主文

本訴原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

本訴原告(反訴被告)は本訴被告(反訴原告)に対し金一七万円及びこれに対する昭和四五年七月四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

本訴被告(反訴原告)のその余の反訴請求を棄却する。訴訟費用は本訴反訴を通じて本訴原告(反訴被告)の負担とする。

右第二項にかぎりかりに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、本訴

1  請求の趣旨

(一) 本訴被告(反訴原告。以下単に被告と略す。)は本訴原告(反訴被告。以下単に原告と略す。)に対し金二〇万円及び昭和四五年六月四日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の本訴請求を棄却する。

(二) 本訴の訴訟費用は原告の負担とする。

二、反訴

1  請求の趣旨

(一) 原告は被告に対し金二〇万円及びこれに対する昭和四五年七月四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 被告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一、本訴

1  請求原因

(一) 被告は当初より支払の意思、能力がないのにこれがあるように装い、訴外小林才一郎に対し、返済期日までに必ず弁済する旨申し向けて同人を欺罔し、同人より次のとおり二回にわたり金一〇万円の交付をうけた。

(イ) 金五万円(以下(イ)借入金という)

貸付期日 昭和三一年七月三一日

返済期日 同年 一二月三〇日

(ロ) 金五万円(以下(ロ)借入金という)

貸付期日 昭和三二年一月二六日

返済期日 同年 五月三〇日

利息 月二分

(二) 訴外小林才一郎は右各返済期日までに元金一〇万円の弁済をうけて成乳牛二頭を購入する予定でありこれを購入していたならば昭和三三年から同四四年までの間に乳牛雌四五頭を増殖でき、これによる利益は必要経費を差引いても金五〇一万五、〇〇〇円の純利益を得られたにも不拘、被告の前記不法な借入れにより同訴外人は弁済をうけることができず従って右純利益を得られなかった。よって同訴外人は同額の損害を蒙ったことになる。

(三) 同訴外人は昭和四五年二月五日右損害賠償請求権を原告に譲渡し、同月七日付の内容証明郵便をもって被告にその旨通知し、右通知は同月九日被告に到達した。

(四) よって、原告は被告に対し右五〇一万五、〇〇〇円とこれに対する遅延損害金の内、金二〇〇万円及びこれに対する昭和四五年六月四日より支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) につき、被告が訴外小林才一郎を欺罔したとする点は否認し、その余は認める。

(二) は否認する。

(三) につき、原告主張日時に債権譲渡の通知を受けたことは認めるが、その余は否認する。

3  抗弁

請求原因(一)記載の(イ)(ロ)借入金については、前橋簡易裁判所昭和和四五(ハ)年第二号事件において被告は訴外小林才一郎から該貸金請求訴訟を提起され、これは同訴外人が控訴を取下げた昭和四五年六月三日まで控訴事件として前橋地方裁判所に係属していたが、その間に原告は同(二)記載のとおり右(イ)(ロ)借入金を基に損害賠償請求権を虚構してこれの譲渡を受けた外形を作り、同年五月二五日自己の名を以て本訴を提起するに至ったもので、その目的は主として訴訟を提起することにあるから信託法第一一条に違反し無効である。

4  抗弁に対する認否

否認する。

二、反訴

1  請求原因

(一) 原告の主張する被告の借入れ金(本訴請求原因(一)(イ)(ロ))の未払いは、単なる債務不履行であり、仮に原告が本訴請求原因(二)で主張するような損害が訴外小林才一郎に発生したとしてもそれは被告の本件借入れ行為とは何ら因果関係を有しないことが法律上も社会常識上も当然であるにもかかわらず、原告は本訴請求訴訟を提起し被告に精神的打撃を加えるため、先ず、本訴請求原因(二)記載の債権の他に、独自の計算方法による損害金として金四五〇万円及び慰謝料金一〇〇万円を虚構しこれを支払え、さもなくば詐欺罪で告訴する旨の記載がある他、原告が警察官在職中捜査主司という官職はなく、且つ群馬県下の大事件を解決した実績もないのに、原告は警部補当時は捜査主司を六年間勤め、同県下の大事件は悉く解決したことがあるので現職の前橋地方検察庁検察官とも顔見知りとなっている等と虚構した事実を記載した脅迫状を昭和四四年一一月ごろ被告にあて送ったうえ、被告を詐欺罪として告訴し、被告をして被疑者として捜査官憲の取調をうけさせ、以て被告に対し極度の精神的打撃を蒙らせ、更に、既に昭和四五年一月訴外小林才一郎から被告に対し前記借入金計一〇万円の給付請求訴訟(前橋簡易裁判所昭和四五年(ハ)第二号、前橋地方裁判所昭和四五年(レ)第八号)が提起され係属しているのに、その係属中である昭和四五年二月五日右借入金を譲り受けたと称して独自の計算方法による金五〇一万五、〇〇〇円の損害賠償請求権を虚構し、遂に本訴請求訴訟を提起するに至った。

(二) 右原告の度重なる不法な強圧手段により被告の受けた精神的損害は金一〇万円が相当である。

又、被告は、原告の不法な訴訟の提起に対処するため訴訟代理人である弁護士池田正映に着手金として金五万円を支払い、更に成功報酬として金五万円を支払うことを約し、よって右計金一〇万円の財産的損害を蒙った。

(三) よって被告は、原告に対し金二〇万円及びこれに対する本件反訴状送達の翌日である昭和四五年七月四日から支払いずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

2  反訴請求原因に対する認否

争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一、本訴についての判断

被告が訴外小林才一郎から昭和三一年七月三一日返済期日を同年一二月三〇日として金五万円を、昭和三二年一月二六日返済期日を同年五月三〇日として金五万円を各借り受けたことは当事者間に争がない。

ところで、原告はこれは被告が当初より支払の意思及び能力がないのにこれあるかのように装って訴外小林才一郎を欺罔して各借入れたものであるから、被告は不法行為としてその責に任ずべきであると主張するが、これに副う証拠はなく、却って≪証拠省略≫によれば被告は小林才一郎よりほうれん草仕入資金等に充てる為右各金員を借入れたものであるが、昭和三二年春ごろ身辺の整理をした処、借財が凡そ七〇万円位にのぼり、生計の立直しの為止むを得ず前橋市より川崎市へ転居し、右小林才一郎宛二回程(同年三月一九日及び同年一二月二八日)見通しのつくまでその支払方を猶予してくれるよう懇願した手紙を出していること、即ち昭和三二年当時被告は小林才一郎に対する各借入金につき支払の意思はあるが支払能力のないいわば手許不如意の状態であったことがうかがわれるところであり、このことから被告において右各借入れの当初には支払の意思があったことが推認される。

すると、被告が本件(イ)(ロ)借入金につき各返済期日を徒過したことは、単に被告において債務不履行の責任を負うに止まり、不法行為責任を問われる理由はないといわなければならないので、訴外小林才一郎の被告に対する金五〇一万五、〇〇〇円にのぼる不法行為債権を譲り受けたと主張する原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく理由がない。

二、反訴についての判断

≪証拠省略≫を綜合すると、原告は昭和四四年一一月ごろ訴外小林才一郎から、被告に対する前記(イ)(ロ)借入金につき、被告が夜逃げなどして行方をくらまし、再三催告するも一向に返済してくれない為、代って取り立ててくれるよう依頼を受けたので、先ず同年一一月一一日付書面を以て、「右(イ)(ロ)借入金を支払うよう、若し支払わなければ民事々件として責任を追求すると共に、支払の意思がなかったのにこれあるかのように装って訴外小林才一郎宛書いた被告の手紙は真実に反し文書偽造及び行使であり、且つ又取込詐欺の疑があるので刑事々件として告訴する、原告は告訴の手続を右小林才一郎より委任を受けているので告訴されると捜査官憲の取調を受けることになる、原告は某会社の債権管理を命ぜられ債権の取立手続を裁判所に提起したり、犯罪の嫌疑ある事件は告訴している者であるが、これまでにも告訴事件で有罪となった者が八名にのぼる」と記載したほか、「原告の経歴は群馬県警察に三三年間も勤務し、本部長秘書及び桐生、高崎の次長を経たが、尚警部補当時は捜査主司として六年間勤め、群馬県下の大事件は皆解決したことがある」旨記載して被告に通告し、ついで、昭和四四年一一月神奈川県川崎臨港警察署ならびに横浜地方検察庁に被告を告訴し、被告をして右捜査官憲の取調を受けさせ、剰さえ、訴外小林才一郎より被告に対する本件(イ)(ロ)借入金請求訴訟が前橋簡易裁判所(昭和四五年(ハ)第二号)に提起され係属中であるのに、昭和四五年二月五日専ら本件本訴請求訴訟を提起する為、右小林才一郎から右(イ)(ロ)借入金の譲渡を受け、右(イ)借入金については利息の定めがなく、又(イ)(ロ)借入金については損害賠償額を予定したところがないのに不拘、利息制限法第四条に基いて計算したと思料される昭和四四年一〇月末日現在の元利合計四七〇万余円にのぼる法外な金員を請求したり、真実は右(イ)(ロ)借入金の譲渡であるのに訴外小林才一郎の得べかりし利益を喪失したことによる損害金と称して五〇一万五、〇〇〇円の譲渡を受けたなどと虚構して本件本訴請求訴訟を提起するに至ったこと並びに原告の右一連の所為の為被告は畏怖乃至困惑していたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

ところで、凡そ権利の行使及び義務の履行は信義に従い誠実に之を為すことを要するから(民法第一条第二項)、たとい原告において訴外小林才一郎より(イ)(ロ)借入金債権の譲渡を受けたとしても、右債権を取立てるには社会通念上信義則に従った相当と認められる手段方法をもってなすべく、右認定した原告の一連の所為には被告を強圧し、困惑若しくは畏怖させ以て右各借入金の返済を得ようとする意図がうかがわれ、社会常識を超えるものであって、被告の精神生活における平穏を違法に侵害し精神的苦痛を感じさせたものといわなければならない。これを金銭に見積れば七万円が相当であって、被告の慰謝料請求のうち右の限度で認め、これを超える部分については理由がない。

又、≪証拠省略≫によれば、昭和四五年七月三一日被告においてすでに訴外小林才一郎宛(イ)(ロ)借入金元利等合計として二六万八、一三一円を支払済であるが、右原告の不法な一連の所為に続く本件本訴請求訴訟の提起により被告においては止むを得ず弁護士に委任して応訴せざるを得なかった為、昭和四五年六月八日弁護士池田正映に委任して防禦に当らしめ、着手金五万円を支払い、且つ成功報酬として五万円を支払うことを約したことが認められ、これに反する証拠はなく、右弁護士に対する出捐は被告の応訴の為相当範囲の費用といえるから、これが賠償を原告に請求することができるといわなければならない。

三、結論

以上のとおり原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、被告の反訴請求は慰謝料七万円及び弁護士費用計一〇万円並びにこれらに対する遅延損害金のうち本件反訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和四五年七月四日から支払済に至るまで民事法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余の右慰謝料額を超える部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九二条但書第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宗哲朗)

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